日本在来馬とは古くから日本にいる馬種で洋種馬などの外来種と交配することなく現在まで日本で残ってきた馬種で合計8種類の在来馬がいます。
(北海道和種・木曽馬・野間馬・御崎馬・対州馬・トカラ馬・宮古馬・与那国馬)
日本在来馬8種の分布は以下のようになっています。
日本在来馬とは古くから日本にいる馬種で洋種馬などの外来種と交配することなく現在まで日本で残ってきた馬種で合計8種類の在来馬がいます。
(北海道和種・木曽馬・野間馬・御崎馬・対州馬・トカラ馬・宮古馬・与那国馬)
日本在来馬8種の分布は以下のようになっています。
北海道和種は北海道を中心に飼育されている品種で道産子(どさんこ)の俗称でも親しまれています。
頭数はおよそ1800頭で日本在来馬の約75%を占めています。
体高は約125cm~135cm、体重は約350kg~400kgと日本在来種の中では比較的大きい部類に入り、毛色は鹿毛、河原毛、月毛、佐目毛など様々です。
今は馬産の中心は北海道ですが昔はそうではなく、北海道和種は江戸時代に夏の間に使役のために南部から連れてきた馬が冬の間にそのまま北海道に放置され、北海道の気候風土に適応するようになったのが北海道和種の先祖だと言われています。
北海道和種は北海道の厳しい寒さの中で鍛えられた丈夫な体質、原野を走り回る強靭な体力を兼ね備えており200kg近くの荷物を運ぶことができることから旅人を乗せたり物資の運搬などで大きく活躍しました。
現在の乗用車やトラックなどと同じような役目を果たしていたと言えるでしょう。
しかし、機械化が進むにつれて北海道和種は運搬用の馬としての役割を終えました。
現在ではその温厚な性格から乗用馬として活躍しており、ホーストレッキングや流鏑馬、障がい者乗馬、ホースセラピーなど多くの場面で活躍しています。
北海道を中心に全国各地の乗馬施設で飼育されているので、みなさんの目に触れる機会も多い品種でしょう。
木曽馬は長野県の木曽地域や岐阜県の飛騨地方を中心に飼育されており長野県の天然記念物に指定されています。
体高は平均で牡馬では約136cm、牝馬では約133cmで体重は約350kg~420kgで日本在来種の中では中型に属し、体幅が広く胴長短足で、性格はおとなしく人懐っこい馬が多いです。
木曽馬はお腹がポコッと出ているのが特徴的ですが、これは他の馬種よりも盲腸が平均して30cmほど長く、太さも2倍ほどあることが要因です。
その為、木曽馬は粗食で草だけでも生きていくことができます。
また、木曽馬は山間部で飼育されていた為に足腰が強く丈夫で、蹄も固いので軽い運動程度なら蹄鉄を打たなくても大丈夫です。
木曽馬の起源はハッキリとは分かっていませんが、元々は蒙古の大陸系の馬で2世紀から3世紀にかけて朝鮮半島を南下して渡来したと言われています。
5世紀~6世紀以降になると渡来する馬の数も増えて全国に分布し、この馬が木曽地域で飼育されるようになった為に木曽馬という名前で呼ばれるようになったとされています。
木曽馬の頭数は200頭ほどで乗用馬として活躍しており、そのおとなしい性格から子供が乗ることにも適しており人気がある品種です。
野間馬は野間(愛媛県今治市)で主に飼育されており、今治市の天然記念物に指定されています。
体高は約110cm~120cmと小柄で、毛色は江戸時代の時などは芦毛が多かったと言われていますが現在は鹿毛や栗毛が中心となっています。
野間馬の祖先は既に縄文時代には存在していたと推測されており、土佐駒や越智駒などかつて四国に存在した在来馬の一種として考えられています。
野間馬は江戸時代には農耕や荷物の運搬などに使われ、約300頭までに増えました。
頑強で粗食にも耐え、70kgぐらいの荷物なら蹄鉄を履かなくても運べるために生産が進められていました。
しかし、明治時代に入ると政府が小型馬の生産や育成を禁止し、農業にも機械が使われるようになっていったことから頭数が激減し、一時は絶滅寸前になりました。
最近になり野間馬保存会が結成されたのをきっかけに増産が進められ、現在は80頭ほどにまで増えています。
野間馬はおとなしい性格で賢いため、ホースセラピーとしてや小学校のクラブ活動などに使われています。
今治市にある野間馬ハイランドで飼育されている他に各地の動物園などで飼育されているところもあります。
御崎馬(みさきうま)は宮崎県串間市の都井岬に生息し、国の天然記念物に指定されています。
御崎馬の体高は約100cm~120cm、体重は約300kg前後で日本在来馬の中では中型馬に分類され、毛色は鹿毛、黒鹿毛、河原毛が多く足首が黒いのが特徴です。
御崎馬は今から約2000年も昔の縄文時代後期から弥生時代中期にかけて中国大陸から導入された馬が起源と言われています。
体形はがっちりとしていて頭部は大きいですが、農耕馬として飼育された他の日本在来馬と比較すると脚が細いのが特徴です。
御崎馬は牧場が都井岬に開設されて以来、300年以上もの間に人の手をほとんど加えない管理方法で一年中通して放牧されている周年放牧という飼育方法をとられてきたために、都井岬の自然環境(高温多湿、台風の通り道、野芝を主体とした特殊な生物相)に適応した資質が形成され頑強な体質で、斜面が多い都井岬の環境に適した発達した後躯を持ち、また粗食に耐えるなどの特徴を持っています。
御崎馬は育成と繁殖が自然に任されてきたために1頭の牡馬と数頭の牝馬とその仔馬で形成されるハーレムを持って行動し、ハーレムを持たない若い牡馬などは牡馬だけの群れで行動します。
現在は約100頭の自然繁殖集団として維持され、観光資源となっており人間の手はほとんど加えないため、例えば御崎馬が死んでも特に埋葬などはせずにそのまま自然に放置しておき土に還るようにされています。
ここでは本当に自然の中で本来の姿で生きる馬の姿を見ることができます。
御崎馬は自然育成のため乗馬としては使用されておらず、触れることや近づくことは禁止されているので見学する時は遠くから優しく見守ってあげて下さいね。
「"九州旅ネット"フォトギャラリーより転載」
対州馬は長崎県対馬市を中心に飼育されてきた日本在来馬です。
対州馬は「たいしゅうば」と読まれることが多いですが、「たいしゅううま」と読まれることや、地元である対馬では「たいしゅうま」とも呼ばれ、また「対馬馬 つしまうま」と呼ばれることも多いそうです。
対州馬の体高は約110cm~130cmで、本来の毛色は青毛とされてきましたが、現在は鹿毛や栗毛も多くなっています。
対州馬は古くから対馬で飼われてきた馬で鎌倉時代の元寇(モンゴルとの戦)のときに武将を乗せて活躍したと伝えられています。
他の日本在来馬と同じく、おとなしい性格で粗食にも耐え、また剛健で蹄が固く装蹄を行わなくても重い荷物を運ぶことができることから昔は農耕や木材、農作物、日用品などの運搬用の馬として活躍しました。
対馬は坂道が多いですが、対州馬は坂道を上るのに適した側対歩(速歩の時に右側の前後肢がペアに、左側の前後肢がペアになる歩法)を調教しなくても自然に覚えるので坂道を苦にしません。
また、対州馬に乗る時はハミを使わず無口頭絡の左の口元に手綱一本を結び付けて馬を操作していました。
こういう事ができるのは対州馬の持つ温厚な性格があるからこそでしょう。
「"九州旅ネット"フォトギャラリーより転載」
対州馬の頭数は30頭以下と少なく、絶滅が危惧されています。
そこで、対州馬保存会が結成されました。
対州馬はおとなしいので乗馬としても使用されており、対馬では対州馬に乗れる施設もあります。
トカラ馬は鹿児島県のトカラ列島(鹿児島郡十島村)で飼育されてきた品種で鹿児島県の天然記念物に指定されています。
トカラ列島は南西諸島のうち鹿児島県側の薩南諸島に属する島嶼群です。
屋久島と奄美大島の間にある12の島々がトカラ列島で7つの島には人が住んでいますが残りの5つの島は無人島です。
トカラ馬は1952年に鹿児島大学の林田重幸教授によってトカラ列島最南端の宝島で確認され、日本固有の純粋種として紹介されるまで全く世間に知られていない存在でした。
今からまだ70年ほど前ですから発見されたのは本当につい最近ですね。これはトカラ列島が孤立された立地条件に位置しているのも要因かもしれません。
トカラ馬の体高は約100cm~120cmと日本在来馬の中でも小柄で、毛色は鹿毛のものがほとんどです。
トカラ馬は奄美群島の北東にある喜界島からサトウキビ栽培のための労力として宝島にやってきました。
暑さに強く、農耕や運搬などに使われてきましたが現在はそのような用途では使われておらず、人の手をあまりかけずに昼も夜も年間を通して放牧されています。
他の日本在来馬が乗用馬として使われているのに対し、トカラ馬は乗用馬としては使われず観光などへの利用についても方針が定まっていない状況で、トカラ馬の活用は今後の保護の上で大きな課題になっています。
宮古馬は沖縄県宮古島で飼育されている日本在来馬で沖縄県の天然記念物に指定されています。
宮古馬の頭数は少なく、現在はおよそ40頭しかいません。
沖縄では昔から小型馬が飼育されており、この馬は中国から伝わったという説と朝鮮半島の馬が九州を経て伝わったという説があります。
宮古馬の体高は約110cm~120cmで、性格はおとなしく人によく懐き、また丈夫で蹄が堅いためサンゴ石の道路や表土の薄いサトウキビ畑での農耕に適しており、粗食や重労働に耐えることから明治時代に宮古島でサトウキビの栽培が始められると宮古馬がその農耕に活躍しました。
宮古馬は琉球王国時代に行われていた沖縄の伝統的な競技であった琉球競馬に使われていたり、琉球王朝の王様の公用馬として乗られていました。
やはりおとなしく扱いやすいので安全性も高かったのでしょう。
宮古島には乗馬施設もありますので、沖縄に旅行に行かれた時は是非、宮古島で乗馬を楽しまれてはいかがでしょうか。
与那国馬は沖縄県の与那国島で飼育されている日本在来馬で与那国町の天然記念物に指定されています。
与那国馬がどこからやってきたかはハッキリとは分かりませんが、日本最西端の離島である与那国島に生息しているために品種改良や他の品種との交配が行われることなく与那国馬独自の系統が保たれてきました。
与那国馬の体高は約110cm~120cmで、性格はおとなしく人懐っこいので宮古馬と同様に沖縄の伝統的な競技である琉球競馬に使われていました。
昔は農耕馬としても使われていましたが、今は使われておらず主に乗馬用や観光用に使われています。
与那国島では与那国馬に乗ることができる施設もあるので沖縄に旅行に行ったときには与那国馬に乗ってみてはいかがでしょうか。
外乗もできるので与那国馬に乗って森の中や浜辺を歩いたり、また海の中に入ることもできるそうです。