カテゴリー別アーカイブ: 馬の豆知識

競馬場跡を巡る ~目黒競馬場~

・競馬場跡を巡る ~目黒競馬場~

「東京都目黒区」、ハイセンスなイメージと治安の良さもあり、住みたい街(駅)ランキングで上位常連のエリアです。

 

実はそんな目黒区にも昔は競馬場がありました。

JR目黒駅から西に約20分ほど歩いたところ、目黒区下目黒四丁目~六丁目のあたりに目黒競馬場は存在していました。

 

目黒競馬場は1907年(明治40年)から1933年(昭和8年)まで競馬が開催されていました。

ちなみに現在は東京都府中市に東京競馬場がありますが、これは目黒競馬場が府中市に移転したもので、第一回と第二回の日本ダービーは目黒競馬場で行われました。

 

目黒での競馬開催は人気を博し、競馬開催の規模も大きくなっていきました。

しかし、近隣の宅地化の進展によってこれ以上敷地を広げることが難しくなっていました。

さらに、目黒競馬場の敷地の大部分が借地であったことから、地主からは地代の値上げを要求され、議員からは町の発展を妨げるという非難もあり、府中市に競馬場を移転することになったのです。

 

現在、目黒競馬場跡は住宅地となり、小学校や高校などが建っています。

そして、「元競馬場前」のバス停、そして「元競馬場」の名が付いた交差点もあります。

目黒競馬場1

目黒競馬場2

 

そして、馬の形を施した街路灯も。

目黒競馬場3

 

これは目黒競馬場跡の記念碑です。

目黒競馬場4

この馬像は「トウルヌソル」という馬で、目黒競馬場で行われた記念すべき第一回の日本ダービーを勝った馬の父で、たくさんの活躍馬を出した名種牡馬でした。

目黒競馬場5

 

目黒通りから狭い路地を中に入っていきます。

目黒競馬場6

 

住宅街の中の路地を進んでいくと、カーブがあります。

目黒競馬場7

 

このカーブこそ紛れもなく目黒競馬場のカーブの名残です。

目黒競馬場8

 

正確にはこの道はコースではなく、コースの外側に沿っていた道なので、この内側にコースがあったということになります。

 

カーブが終わると長い直線があります。

目黒競馬場9

 

この風景を見ると、昔はここを馬が走っていたとは思えないぐらいですね。

しかし、紛れもなく約80年前にはこの辺りを馬が走っていたのです。

 

さらに進むと桜の木があります。

目黒競馬場10

 

桜の木の横の看板には目黒競馬場の説明も書かれています。

目黒競馬場11

 

そこから進むとカーブの部分が潰されて住宅が建てられているので、これと分かるような痕跡のカーブは見つけることができませんでした。

さらに歩いて目黒通りに戻ってきて、ちょうど一周しました。

目黒競馬場12

 

目黒競馬場は第一回の日本ダービーが開催された競馬場でもあり、いわば現代競馬の基礎を築いた競馬場のひとつと言ってもよいでしょう。

その目黒競馬場跡には馬像の記念碑が建てられていたり、住宅地の中にカーブが残されていたりとその面影をシッカリと感じることができました。

 

 

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競馬場跡を巡る ~松戸競馬場~

・競馬場跡を巡る ~松戸競馬場~

現在、千葉県には中山競馬場というJRAの競馬場があります。

そして、この中山競馬場の前身となった競馬場が今回ご紹介する松戸競馬場です。

 

松戸競馬場は1907年(明治40年)から競馬が開催されていましたが、1919年(大正8年)に日本陸軍に接収され陸軍工兵学校の敷地となったことにより、松戸競馬場はその姿を消すことになります。

 

松戸競馬場は松戸駅東側の丘陵地帯にありました。

現在、松戸競馬場の跡地には松戸中央公園や聖徳大学が建っています。

 

こちらは公園の入口です。

陸軍工兵学校の正門が当時のそのままの形で残されています。

松戸競馬場

松戸競馬場2

 

公園の中はこのような感じです。

松戸競馬場3

松戸競馬場4

 

ところどころでこのようにカーブになっている場所がありますが、これが競馬場のカーブの名残りなのかどうかは残念ながらハッキリと分かりませんでした。

松戸競馬場5

 

公園の中にはテニスコートもあり賑わっています。

松戸競馬場6

 

これは陸軍工兵学校の記念碑です。

松戸競馬場7

 

そして、陸軍が解体した後の1945年(昭和20年)から1964年(昭和39年)まではこの地に千葉大学工学部がありました。

松戸競馬場8

 

 

松戸中央公園には子供連れの夫婦や犬の散歩をしている人など、よくある公園の風景が見られました。

以前にご紹介した大阪競馬場(長居競馬場)のように競馬場の跡地が現在は公園となっているケースは多く、松戸競馬場も公園へとその姿を変えて人々の憩いの場となっています。

松戸競馬場9

 

 

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ダービー豆知識

【馬の豆知識】

・ダービー豆知識

今週の日曜日は東京競馬場で日本ダービーが行われます。

ダービーという名前のつくレースはイギリスダービー、ケンタッキーダービー、アイルランドダービー、ドイツダービーなど日本以外にも世界各地で行われています。

 

ダービー発祥の地はイギリスで、第一回のイギリスダービーは1780年(日本で言えばまだ江戸時代!)に行われました。

イギリスを模範として設立された日本ダービーは1932年(昭和7年)に第一回が行われています。

 

ところでこの「ダービー」というレース名の由来はどこから来ているかみなさんご存じでしょうか?

実はこの「ダービー」というのは人の名前なのです。

このレースの創始者である「ダービー伯爵、エドワード・スミス・スタンレー」にちなんで名付けられました。

 

ダービー伯爵はこのレースの設立についてバンベリー伯爵という人とレースの条件などについて相談しました。

そして、このレースの名前を決める際に「ダービー」にするか「バンベリー」にするかを迷った末にコイントスによってレース名を決めることになりました。

コインが表なら「ダービー」、裏なら「バンベリー」。

このコイントスによってダービー伯爵が勝利し、このレースは「ダービー」と名付けられることになったのです。

もし、この時にコインが裏に出ていれば「日本ダービー」ではなく「日本バンベリー」になっていたかもしれませんね。

コイントス

 

 

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田中神社

・田中神社

以前のブログで馬にゆかりのある神社として藤森神社と上賀茂神社をご紹介しました。

今回は馬にゆかりのある神社として田中神社をご紹介します。

田中神社1

 

以前、ご紹介した藤森神社と上賀茂神社も京都府にある神社ですが、今回ご紹介する田中神社も京都府にある神社です。


田中神社【京都府京都市伏見区横大路天王後51】

 

田中神社へのアクセスは京阪電車の中書島駅が最寄り駅です。

バスでは、市バス19、20、22、81、南3、南8系統「横大路車庫前」より徒歩7分
市バス20系統、京阪バス 「府道横大路」より徒歩2分

となります。

 

中書島駅からバスを使っていくのが近いのですが、バスは一時間に一本しか出ていませんでした。

ということで散歩も兼ねて歩いてみます。

中書島駅の近く、歩いておよそ5分のところには坂本龍馬にゆかりのある場所でもある寺田屋があります。

寺田屋
寺田屋2

 

そして、そこからさらに30分ほど歩くと田中神社に到着しました。

田中神社2

 

この田中神社は「馬の神様」とされており、近くには京都競馬場もあることから勝ち馬祈願としてお参りする人も多いようです。

田中神社3

 

また同時に田中神社は「虫の神様」ともされています。

田中神社4

 

こちらが田中神社の本殿です。

田中神社5

田中神社は平安時代に建てられました。

建てられた当初は現在地より北の鳥羽に建っていましたが、16世紀の終わりごろに起こった大洪水によって社殿が流されてしまいました。

しかし、社殿は奇跡的に無傷のまま現在の場所に漂着したとされています。

 

本殿の賽銭箱の両横には馬の木像があります。

田中神社6

こちらは牡馬ですね。立派なものをお持ちです(笑)

 

田中神社7

そして、こちらが牝馬のようです。

これらの馬の木像は境内にあった楠の大木を切ったときに、その木を使って作ったもので、この二頭の木像は夫婦を表しているそうです。

 

境内には御神水が流れており、この水は牛頭水(ごずすい)と呼ばれています。

田中神社9

 

また、 「夜泣き、疳の虫封じ」の神様である「北向虫八幡」も境内にあります。

平安時代、憲平親王の癇の虫が酷かったので、母親の藤原安子がこの八幡様に祈願すると治ったと言われています。

田中神社8

 

 

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